本当にお久しぶりの更新になってしまいました・・・自分でも驚いています。

夏休みに入ると、なかなか忙しいですよね。主婦の方も学生さんも・・・

特に、学校が始まるのが8月末に設定されてしまったので、開始日は忘れそうになるやら…どたばたでした。かつては9月1日でしたよね。

以前のように少し時間に余裕が持てるようになったので、今回は西洋食器の歴史をざっくりとご紹介していこうと思います♪

 

 

さて、磁器食器の歴史ですが、実は中国や日本より、西洋は遅れてのスタートを切りました。

かつて、貿易にて日本や中国から運ばれてくる白磁の食器は、長らく西洋で作り方が不明だったのです。

さらにこの輸入されてきた磁器食器、物珍しいやら美しいやら、沢山の絵付けがされていて同じものは何一つなく、当時のお金持ちの心を激しく揺さぶりました。

(古今東西、やっぱりお金持ちは美術品がお好きですよネ)

 

そして、一人のお金持ちが「私が白磁食器を作ることが出来るようになったら、それはそれは素晴らしいのではないか」と閃きます。

それが、マイセン設立のきっかけになった人物、ドイツの「アウグスト王」です。

ですが、自分自身では知識も時間もなく到底出来ませんし、何より”王”なので、ひとりの人物に製造を命じます。この命じられた人物が、西洋で白磁食器を作り出した人物「ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー」でした。

ちなみに、ベドガーは錬金術師として活動していましたが、この白磁食器を生み出すという研究も成功し、ドイツで磁器食器の生産が出来るようになりました。

白磁食器は、当時「白い黄金」と呼ばれていたそうですし、何よりアウグスト王に”金”を生み出すことも出来たので、まさに錬”金”術師の仕事としては大成功だったといえるのではないでしょうか。

 

ですが、この製造技法が他国へと流出することを恐れたアウグスト王は、ベドガーを幽閉して磁器の製造にあたらせます。

今だったら労働基準法とか色々あるでしょうが、昔って恐ろしいですね。現にベドガーは数年後、心身ともに病んでしまい37歳の若さで死去しています。

そして、磁器食器の量産体制に入るため、食器の製造拠点をマイセン地方にある要塞の中へと移します。

食器がお好きな方だったら、もうお気づきでしょう。これが磁器窯「マイセン」の始まりです。